WALL STANZA

by

RYUHEI YOKOYAMA

 2020 3/6-3/20

ストリートにおけるグラフィティ。”誰かが描き、次から次へと上描きされもし、野晒し で打ち拉がれ流転してゆく様”。作家はそれを都市の風景を形成するひとつの重要なファクトであると位置付けます。本シリーズは、カメラによって撮影され印刷された確かな写真であると同時に、 写真という物質的存在そのものに焦点を当てた作品であり、あるいは視覚イメージの剥がれ落ちたネイキッドなグラフィティともいえます。 この展覧会で発表される3メートルにも及ぶ大型作品 を含む新作群は、作家自身が顔料箔を熱圧着したメディアにUVプリンターという特殊な印刷機によって作り出された、見る角度によって変化する全く新しい写真作品となります。 制作するにあ たり京都の老舗印刷会社であり日本で最も革新的な印刷技術を開発してきた”サンエムカラー”の協力を得て、作家と技術者の妥協のない制作理念が結実します。脈々と続く日本の職人のものつく りに対する姿勢と、現代の街を切り取り続けてきた作家の表現をご高覧ください。

始まりはグラフィティだった。 正確に云えばグラフィティの存在そのものだった。 僕はその在り方をいくつかの要素に解体し、 様々な状況、環境、メディウムを混在させ、 印刷方法と紙を作業 の度に変更しながら、 プロセスを辿った。 幾度となく、その作業を繰り返すうち、 次第に、 被写体は徐々にその意味を成さなくなっていた。 映像から意味は排除され、アブストラクトな様相 が出現する。 手元には、何が写っていたか判然としないプリントだけが残っている。 そこには崩れた文字や記号、風景の断片が匿名的に転がっているだけだ。 その物体はそれでも写真でいる。 そこが何処かであり、何かが確かに存在したという事だけは変わらない。 例えばそれは、 幾人もの手を渡り、 繰り返し聴かれ、 擦り切れて傷つき、 音飛びし、 いまやノイズしか聴こえなく なっても なお切実に音を鳴らし続ける草臥れたレコード盤のように。 その物体はそれでも写真でいる。 僕はストリートフォトグラファーだった。 僕にはそれで充分だった。 映像に或るものを 拭い去る時、確からしさ、は、やがて。

​ーRYUHEI YOKOYAMA

1979年生まれ。大阪府出身。写真家。

横山は“都市とは何か”をテーマとし、モノクロフィルムによるストリートスナップを中心に作品を展開。流動する都市の姿を、視点やアプローチを変えながら制作を行なっています。
ストリートにおけるグラフィティ。”誰かが描き、次から次へと上描きされもし、野晒し で打ち拉がれ流転してゆく様”。作家はそれを都市の風景を形成するひとつの重要なファクトであると位置付けています。
近年発表した3メートルにも及ぶ大型作品を含む新作群は、作家自身が顔料箔を熱圧着したメディアにUVプリンターという特殊な印刷機によって作り出された、見る角度によって変化する全く新しい写真作品となり、”印刷”という技術と”写真”という方法で常に新しい写真作品を作り続けています。

主な作品集に「酔っぱらったピアノ弾きのようなやりかたでシャッターを押せ」、「風に転がる紙屑に書かれたような美しい、光と踊るネズミのグラフィティ史」等がある。
2016年写真家・内倉真一郎と共にゲリラ展示プロジェクトPIS/ピス(Photograph in the street)をスタート。
近年の展示にグラフィティをテーマとした「WALL」(京都 元・淳風小学校 KYOTOGRAPHIE サテライトイベントKG+ 2019)がある。
国内外で作品を発表、2019年にはパリでの初展示も行われた。